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利用者インタビュー第4弾

  • magokoro0026
  • 2月27日
  • 読了時間: 3分

NPO法人まごころの吉野です。

今回は「利用者のインタビュー」の第四弾をお送りいたします。

広島県広島市出身のYさんからお話を聞かせていただきました。



 

 

——今日は宜しくお願いします。

Yさん はい、どうぞどうぞ。

——こちらに来られた経緯をお聞かせいただければと思います。

Yさん 大阪からこっちに出て来てうろうろしとったんやけど、しばらくして金も無くなって、そんな時にまごころに声を掛けられた感じかな。

——そうですか。当団体に来られてからもう7年になりますが、それまではずっと大阪におられたのですか?

Yさん 学校を卒業してすぐに大阪に出て、浪速のほうで仕事しとったんやけど、まあ仕事も無うなって、それからは西成に15年近くおったね。

——西成ですね。いろいろとその街(あいりん地区)の噂は聞いていますがいかがでしたか?

Yさん いやあ、もの凄いところやったね。今でこそだいぶ変わって綺麗になったけど、昔はいろんな意味で活気があって賑やかやったね。喧嘩とかしょっちゅうで、暴動なんかもあったらしいわ(笑)。

——暴動ですか!?(汗)

Yさん 労働者の街やから、気が短い人間もたくさんおるし、まあ良い意味でも悪い意味でも賑やかやったわ。

——Yさんも、あいりん地区で日雇労働をされていたんですか?

Yさん しとったね。具合悪うなっても背に腹は代えられんし、その時は生活保護も考えとらんかったで。やから、もちろん仕事のない日はお金もゼロ(笑)。

——それはそれで大変ですね。どうして関東に出てこようと思ったんですか?

Yさん わしも出来がええほうじゃないんで、親兄弟のおる広島には戻れんし、大阪ももうええかなって思っとって、それで東京行きの電車に乗ったんよね。

——東京では何をしようと考えていたのですか?

Yさん いやあ、なんも考えとらんかったわ。

——なるほど。考えなしで東京行きの電車に(笑)。

Yさん そんで目的もなく来たもんやから、飯も食えんし……で、日暮里あたりの施設に入って結局「生活保護」を受けたんね(笑)。

——それで、その後に〝まごころ〟へ来られたのですね。

Yさん けどまぁ、ほんまに感謝してますよ。自由にやらせてもらってるし、やっぱり7年もじっと居るってことは自分でも分からんけどそうとう気に入ってるんやろな。

——そう言っていただけると有難いです。では最後に、この先の目標などあれば聞かせて下さい。

Yさん 目標っていうのとは違うかもしれんけど、今みたいな日がずっと続けばええなって思っとる。

——とても良いお話を有難うございました。

 

 

西成あいりん地区は日雇い労働者の街として知られ、多くの人が再出発を模索してきた場所でもあります。

しかし、そこに留まり続けるしかないわけでは決してありません。

地元を離れた人にも、年齢を重ねた人にも、生活を立て直す選択肢はあります。

「環境を変えることは〝逃げ〟ではない」

再出発は、どの場所からも始められます。

  

 


 
 
 

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